2008/11/08

枠は挑発する

朝から14時間働いて、家でパソコン作業して、
でもあんまり疲れは無くって、
アヤシゲな物質が脳内で分泌されていそうな夜明け前。
24時間戦えますか?
あっつい玄米茶をすすりながら新しいギャラリーのロゴを見る。
いろんなことを思いつつ。

言葉を話したり、歌を歌ったり、
あろうことか写真を撮ったりなんかしながら、
人はせっせと枠を作り続けている。
なんで自由なままにしておかないのかね?
そもそも枠って何?

規定するもの。
はやりの勝ち組・負け組だとか、誰かが決めた枠があるのは、その中に入ることで安心したいから。偶像にあえて自らを当てはめることで、名付ける方も名付けられた方も満足できるから。自分はビョーキだって思うことで気が楽になるような、甘え。規定されるって楽だもの。入れ子になっている方が分かりやすいんだもの。トラウマやら、しがらみやら、逃れたいと言うわりに人はそれが好きなのだ。怖いのは無意識にその枠にはまっていること。

挑発するもの。
どの時代にも目に見えるもの、言葉で話せること以外の世界を表現していた人がいる。芸術家・作家・舞踏家・シャーマン・・・呼び名はいくらでもあるけど、その人達は自分のコアとなる最小の枠を見つけて、そこから広い世界を垣間見たんじゃないだろうか。木の実一つ、草一本の存在から、世界の地図を描くアボリジニの"ドリーミング"のように。既に与えられているもの、残されたものから、未知の感覚を得るための、小さくても確固とした枠を創造できた者の軌跡が、時代を超えて僕たちを挑発する。
自由ってどういうこと?

枠を見つけること
枠を共有すること
枠を通して見えるもの

それが、僕の自由

www.akaruiheya.info

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