2008/10/26

事実

終電一本手前、深夜一時を過ぎて、西荻窪に到着した。
自転車で自宅までの道のりを走っていると、突然「助けてください!」と呼び止められる。引き返してみると、80歳を過ぎたとおぼしきおばあさんである。腰は完全に曲がってしまっており、僕と目を合わせるのが大変そうだ。聞けば、自宅トイレで夫(95歳)が立ち上がれなくなってしまったという。

お宅に上がり、トイレへ直行。どうやら病気ではなく、座ったはいいが立ち上がる力を無くなってしまったらしい。幸いにも介護の心得が少しはあるので、抱きかかえるようにして身体を起こす。ベッドまで手を取り、そおっと横たえる。ようやく安心できたようだ。

「ほとんど寝たきりになってしまってね。自分では何もできんのですよ。」

慈愛や憐憫ではない感情。
今、ここに、あなたが、あなたたちが、そして僕が存在するという、事実。

通りがかりの人間を呼び止める声。
自らの重量を支えきれない身体。
部屋を占拠するテレビの大音量。
シーツに残された染み。
千円札をねじ込もうとするしわがれた手・・・

今、僕が生きていることの隣に、彼らは確かに存在していて、
その事実に、なぜか、泣きそうだ。

1 件のコメント:

Anonymous 匿名 さんは書きました...

そんなことがあったなんて、初耳です。
みきさんは、いろんなことに
偶然に出会う人なんですね。そして
泣きそうなのは、人間を愛してるからでは?はた

2008年10月27日 15:00  

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