2008/09/21

あるいは海のように

新宿オペラシティで行われている「Trace Elements」を観た。
日豪の写真メディアにおける精神と記憶ということである。物質感をあらわにしたゼラチンシルバープリントからビデオインスタレーションまで、最近の映像を取り巻く状況をマッピングして俯瞰できるようになっている。

見終わって、インタラクティブとはなんぞや、という疑問が起こった。何回かに分けてこのことについて考えていきたいと思う。

私がそのことを意識し始めたのは、今回の出品作家の一人、古屋誠一の数年前の写真展「Aus den Fugen」であった。以下、お蔵入りにしていたその時の文章です。


あるいは海のように

古屋誠一展「Aus den Fugen」 ヴァンジ彫刻庭園美術館(静岡県長泉町)

一人の女性が写真の中からこちらを見つめている。時に微笑み、時に泣きそうな表情を浮かべながら、ただまっすぐこちらを見つめている。その視線の先には写真家であり夫であった古屋誠一がいた。”夫であった”と過去形で話さなくてはならないのは、ある日、彼女が自ら命を絶ってしまったからである。継続して続けられてきたこれらの記録は、「死」という断絶をもってぷつりと途切れてしまう。そのことを鑑賞している僕は知っている。知りながらこれら「遺影」と向き合うことになる。

写真はあきれるほど饒舌で、しかし肝心なことに関しては何も語ってくれないメディアである。その平面に定着された像を凝視するうちに、いつしか鑑賞という高みから引きずり下ろされ二人の関係に没入してゆく。

写真に遺された一瞬一瞬は生に満ちている。そのことが「死」という存在をより強く意識させる。生を見つめながらも意識は越えようもない深い断絶の中へ引き込まれてゆく。

やがて、どこからか賛美歌が流れて来た。演出かと思っていたら、どうやら同じ建物の中にあるチャペルで、偶然、結婚式が行われているらしい。一つの空間の中で結合と別離が交錯する。

賛美歌は流れ続ける。妻が死んでも写真家の生は続く。何かの手がかりを探るように、朽ちたウサギ、燃えさかる炎がフレームに収まる。これは断絶なのだろうか。何か別の光が焼き付けられているのではないか。

突然、一段と大きい拍手が鳴り響く。大勢の祝福を受けながら夫婦になったばかりの二人が姿を現した。

"ありがとうございます"

花嫁の言葉は、この夫婦が二人のみによって生まれたのではないことをあらわしている。このチャペルにおいては神によって、そして、ここに集ったものたちによって認証され、今、成立した。

そうなのだ。写真家の妻の存在も、大勢の人によって観られ、看取られ、その性質をゆるやかに変えてゆく。死は断絶ではない。新しい関係性の始まりなのだ。

外へ出ると春めいた日差しが眩しい。生まれたばかりの夫婦に花びらが降り注いでいる。やわらかい日差しに照らされて、その光景はこの世のものではないようだ。しばし茫然と立ちすくんでいた。

記念撮影が始まる。ふと全ての写真は遺影であることに気付く。写真は一瞬ごとに現在を過去に変換しながら、しわがれた手によって繰られる時を待っている。彼岸と此岸。豊饒なイメージを湛え、二つの岸を写真の海が同時に満たしている

2008/09/20

I'm home

夜になっていよいよ雨が降ってきた。台風の雨。小さな傘を差して、重い荷物を背負って、駅からの長い道のりを歩く。

と、目の前を歩いていた、スーツ姿のサラリーマンらしき男が、不意に左へ折れた。そこが彼の家だったのだ。新建材の真新しい壁、車一台置くスペース、オレンジ色の電灯が表札とドアを照らしている。彼はただいまと言うだろうか。

構わず歩き続けた。そこは僕の家ではないからだ。足は無意識に進んでいくが、どこに向かって歩いているのか、皆目分からない。雨を避けるためならこの傘で十分だし、肩の荷は死ぬまで降りないことを知っている。それでも無心に、家、らしきものに向かって歩いている。

街道を二つ越え、四つ目の電灯を右に折れ、10mほど行ったあたりで鍵を取り出した。

カチリ。

今、持っている鍵でドアが開く場所が、家だ。

2008/09/18

物語・一人語り

森美術館で開催されている、アネット・メサジェ:聖と俗の使者たち、を観た。厭な夢を見たあとの、あの寝覚めの悪さ、そして安堵感が残った。まだ私は、こちら側にいてもいいのだ。

内蔵を思わせるぬいぐるみが痙攣を繰り返している。ねじられ、引っ張られ、不自然に変形してゆく。そこに何を見るか。死の必然か、不自然な生か。私たちがかつて親しんだ童話「ピノキオ」や、現代生活を脅かしている「狂牛病」など、様々なものが底流にある。この展示はそれらを解体・生成させながら延々と紡ぎ出される、現代の寓話だ。

それにしても、訪れた人たちの三分の一くらいは、音声ガイドのデバイスを片手に作品に接している。確かに正確な情報を知りたいという気持ちはわかる。作者の正式な見解や、識者の批評は私たちの理解を助けてくれる。

理解?!

生から死に至る私たちの物語の中に、果たしてそんなものが存在しただろうか?共感、反感、予感、猜疑・・・グレーゾーンにあるものばかり。少なくとも私の場合はそうだ。完全な共感を理解と呼ぶのか。双子でもそれは無理だ。たぶん。いや、これはきっかけ、とっかかりなのだと思う。でも、定説としての物語ならいらない。

古来の寓話は理解とは程遠いところで終わる。善悪の判断が曖昧で心の中がもやもやする。赤ずきんは食べられる。キリギリスを誰も助けてくれない。ライオンが肩を聳やかす。

なぜ?!

それでもハッピーエンドのハリウッド映画ばかりを見せられるよりましだ。たとえ悪夢であっても、私たちには、私たちの自身の物語を疑似体験する場が必要だ。

壁ににだらんとかけられた、クマのぬいぐるみがある。
「これなーに」
女の子が反射的にそれに触れ(てしまっ)た。両親は叱ったが、そこからこそ彼女の本当の物語が始まるのだ。

2008/09/16

月とUFO

二件隣の部屋には、”きみ”さんというおばあさんが住んでいる。東京に来て初めて友達になってくれたのは、きみさんである。アパート住人の動向から、この地域をうろついている猫の消息まで、ありとあらゆる情報を把握している。きみさんとミキくんはよく立ち話をするのだが・・・

「この前、十五夜だったじゃない?」

そうなんだ・・・全然意識してなかったです。

「わたしね、ゆーほー見たことがあるのよ。あれは10年前だったかな。」

えーっ、話が飛躍しすぎ!ゆーほーって、あのU・F・Oですか?

「そうそう、そのゆーほー。それがちょうど十五夜の頃だったのよ。突然、聞いたことのない金属音がしてね。空を見てみたわけ。お月様が綺麗でね。そこに浮き雲が二つ浮いてた。その中に見たこともないオレンジ色の光が三つ輝いてるのよ。最初はサーチライトかと思ったけど、そんなものは戦争中にいくらでも見たから違いぐらい分かるわ。で、その二つの雲の間を光がパッと瞬間に移動しちゃうのね、不思議よね。」

えーっ、それは明らかにUFOですよ!で、どうしたんですか?

「綺麗だなーと思ってね、お風呂に浸かりながら二時間半ぐらいずっと見てたのよ。」

えーっ、のぼせちゃいますよ!で、どうなったんですか?

「フッと消えちゃったの。ゆーほーも月見て踊ってたのかしらね。」

(絶句)

といった具合で、とても楽しい。

UFOがウソかホントかなんて問題じゃない。彼女が、目に映ったものを信じている限り、これは紛れもない真実なのだ。そして僕も、そのイメージを信じている。

2008/09/15

胃弱な二人

9/14、新宿東口、バー・カウントゼロ、朝5:30。

外に出ると、湿気で飽和した空気が地上付近で淀んでいた。夕食も食べずにビールを呷り続けてしまったせいで、身体もいやに重い。駅までたどり着けるだろうか。

同じく隣で青い顔をしながらトボトボ歩いている胃弱の青年Hが、「こういう雨の降る直前の感じ、結構好きなんですよね。風景を近く感じますよね。」とセンチメンタルなことを言う。

確かにそうだ。空間が緻密に水の微粒子で満たされている。肌触りを通して自分と風景とがつながっているように感じる・・・などと、かすむ都庁を遠い目で見ながらロマンチックにつぶやいてみたのだが、「いや、ただ単にこのフラットな感じが」と、にべもなくおっしゃる。全く油断ならないのである。

彼らとは織野紀見という個人誌を通して知り合った。西荻の古書店に置かれていたそれを見て、うわーやられた。と思った。そして奥付を見ると、あれ、発行所の住所がなぜかウチと全く同じ。部屋の号数だけが違う。アパートの西端から東端までだからせいぜい十歩ぐらいしか離れていない。突然訪ねるのもなんやしな→メールでも打とか→なぜか不通→じゃあ文通→集合ポストへ投函、という流れで彼らとコンタクトを取った。そのうちグループ展の案内が来て会場で初対面、相手が女性ならちょっとした恋愛ドラマにもなりそうだ。なんせこの広い西荻で、知らず一つ屋根の下に住んでいたのだから。もちろん世の中そんなに甘くはない。ぼそりぼそりと話をしながら、なぜHはカーディガンに雪駄なのだろうと思っていた。

さておき、物事を自分の目と言葉で誠実に捉えたいと希う僕にとって、Hは要注意人物だ。捕捉したと思った時には、もう別のところにいる。話がどこまで本当か分からない。もしかすると天性のペテン師かも知れない。明らかに自分とタイプは違うが、何だかんだと仲良くしているのは、互いに補完しあえる部分があるからだろうか。

Hの写真は、危険で卑猥でインモラルだ。しかしそれは彼の並外れた正直さからくるもので、その領域ではうわべの誠実さなど全く通用しない。ただ瞬間、瞬間に変化し続ける意識と目前の被写体との間にフィルムがあるだけ。そういう意味で、彼の写真は驚くほど真っ当である。

"普通"に憧れているらしい。なのに
自閉症に興味があるらしい。なぜか
缶ビールの飲み口をへこませると旨くなると信じているらしい。
実に捉えどころがない。

いや、そもそも捉えるのは不可能なのだ。会うたびにHこと、秦雅則という新しい人間と出会っているような気がする。その出会いは、僕にとっても至福だ。

2008/09/14

回復

回線
復旧



2008/09/13

切断

きのうの夜から、ネット回線が切断されたままだ。原因、不明。とりあえず、この文は携帯からアップしている。

ルーターやら配線やらをいじってみても、ソフトの設定を変えてもダメ。些細なことが一つ欠けても、デジタルのコミュニケーションは破綻してしまう。この携帯も、最近は電池が弱って一日と持たない。

ということで、もし急ぎの用があれば、速達か会いに来るのが確実です(笑)

2008/09/10

本を引く

先日、八幡山にある大宅壮一文庫へ行ってきた。彼は生前、雑誌・週刊誌を蒐集していたのだが、その遺志を引き継いで、現在までに69万冊が所蔵されるに至った。もともとこの類の本は「読み捨て」の傾向が強く、あまり後世に残されることはない。しかし専門書と違い、その時代の空気を一杯に纏った貴重な資料であることを見抜き、集めるばかりでなく一般に公開しているのだから、その志には頭が下がる。閲覧と複写で料金が発生するが、昼食を1回抜いても訪れる価値は充分にある。

この文庫の主役はもちろん本というモノなのだが、要(かなめ)は総目録とコンピューターにより体系化されたデータベース、そしてその検索システムだと言えるだろう。そもそも雑誌というのは、専門分野から雑事まで幅広い分野の記事の集積である。専門書のように書名だけで検索するわけにもいかない。表紙に載るような特集記事から末端のコラムに至るまで、人名・件名・テーマなど470万件の索引から検索可能なのだからすごい。 

そうやってある写真について調べていたのだが、実際に本を手に取ってみると記事はしょうもなくて、隣ページの「ニューヨーク書店事情」の方がおもしろかったりすることもある。これは、画面の上だけでは起こりえなかったことで、紙が編まれた本という形式ゆえに演出されたおもしろさだ。

結局、精緻な検索システムによって提供されるデータと、アナログな物質としての本は、どこかで補完しあっているのではないだろうか。かなりの精度でお目当ての回答に辿り着くことができたとしても、完全な解を与えられたような気になってしまっては、知的には行き止まりである。その先は自ら探さなくてはならない。システムが高度化するにつれてますます、検索から思索への移行が求められている。そのきっかけは、身体を通して得たひらめきであったり、偶然であったりする。

2008/09/07

闇黒

江戸東京たてもの園、という野外博物館がある。都内に存在した、江戸時代から現代までの建物を復元・展示しており、東京都が運営する美術・博物館では三本の指に入ると勝手に思っている。

ここに、吉野家(よしのけ)という藁葺きの農家がある。江戸時代後期に建てられたものらしい。雨風、そして日差しを防ぐ深い軒が、空間を抱き込んでいる。遊びに来た子供は「超くれーんだけど」と言いながら、おずおずと中へ入っていく。確かに、明るく照らされた現代の生活からすれば、超が付くほど暗い。僕もそろそろと土間へお邪魔するとしよう。

わずかに裸電球が灯っているおかげで、足下は何とか見える。上がり框(かまち)に腰掛けてしばらく、その空間に身を浸してみることにした。囲炉裏では火が熾り、煙がゆらゆらと漂っている。その端でぼそぼそ話されている言葉が、いやにはっきりと聞こえてくるのが、不思議だ。

目が慣れると、色が見えてくる。鈍く光る三和土(たたき)の黒、手垢の染み付いた柱の黒、煙に燻された天井の黒・・・。暗い、という印象は、ただ光が少ないだけではなくて、そこに存在する様々な黒が響きあって生まれていた。素材・行為・風化・時間といった別々の要素が、互いに絡み、共鳴して、ある一つの「暗さ」に収束する。その豊かな空間は、明るく照らし出されれば、おそらく一瞬に消えてしまうだろう。

アカルサハ、ホロビノ姿デアラウカ。
人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。
太宰治

フロッタージュ

さっきから待合室で順番を待っている。
もうかれこれ20分になるが、自分の名が呼ばれる気配はない。

ふと目を上げると、白い杖を持った女性が、点字の本をめくっている。
微細な突起群の上に指先を滑らせながら、
彼女の目は、開いている。

隣で楽譜を持った女性が、暗譜を試みている。
机の角をあたかも鍵盤のように叩きながら、
彼女の目は、閉じている。

指先でこすり取っている感覚は、瞬時に視覚や聴覚を呼び覚ます。
その行為は、記憶のフロッタージュだ。

2008/09/02

風土

近頃の雨の降り方を見ると、急速に気候が変化しつつあるのをいやが応にも感じる。日本は温帯気候に属する、と地理では習ったけど、これからは亜熱帯に書き直されるんですかね。

そもそも、自分は都会に住み、屋根の下で空調を効かせて生活しているわけだから、そういうものとは疎遠になっているはず。それでもおかしいと気付かされるのは、もう取り返しの付かないところまで来てしまったということなのだろうか。

風土、とはよくいったものだ。「住民の慣習や文化に影響を及ぼす、その土地の気候・地形・地質など」と辞書にはある。風と土。その感触を忘れて久しい。そういった、微細かつ巨大なものに、当たり前に私たちの精神は影響を受け、暮らしは規定されてきた。生きる感覚そのものといってもいいかもしれない。それらを封じ込め、隔離することで「快適」という名の都合の良い自由を手に入れた。が、その反動は別の形で人類を侵蝕しつつある。

エコの皮を被って、連日連夜メディアが名実を叫んでいる。確かにそれは大事だよ。でも、まず、自分で感じることからしか始まらないのでは?

遍路は辺土が変化したものだという。都から遠く離れて旅人が感じたものは何だったか。初めて訪れる土地で最初に感じたのは、誰かのつけた地名ではなく、風の匂いであり、土の感触だったはずだ。